いじめや虐待、そして身近なデートDVなど、暴力の問題が社会を揺るがしています。そんな中、「暴力を受けていい人はひとりもいない」と力強く掲げ、暴力の連鎖を断つために20万人を超える子どもたちと向き合ってきた一人の女性がいます。認定NPO法人エンパワメントかながわ理事長の阿部真紀さんです。彼女はいったいどのような道を歩み、なぜこれほどまでに暴力防止という課題に情熱を注いでいるのでしょうか。その素顔や活動の全貌を紐解くことで、誰もが大切にされる社会を実現するためのヒントが見えてきます。
【この記事のポイント】
- 阿部真紀さんの経歴や暴力防止に取り組むきっかけ
- 認定NPO法人エンパワメントかながわの活動内容とビジョン
- デートDV110番開設の経緯と専門家としての視点
- 暴力のない社会を目指すために私たちができる対等な人間関係の築き方
▶▶ 最新の阿部真紀さんの書籍などをアマゾンでチェックしてみる
プロフィールと生い立ち
1961年生まれ鎌倉育ちの阿部真紀の原点

1961年、神奈川県鎌倉市に生まれた阿部真紀さんは、歴史と自然が息づく街で幼少期を過ごしました。海や山といった豊かな自然が身近にある環境は、一人の人間として、また社会の一員として、他者とどのように関わり、自分自身を大切にしていくかという感性を育む大切な土壌となりました。
鎌倉という地域に根ざした日々の生活は、後に彼女が取り組むことになる「暴力のない社会」を目指す活動の、静かな原点となっています。家族や友人、そして地域の人々と日常を共有する中で、人は誰しもが尊重されるべき存在であるという考えを、ごく自然な形で学んでいったのでしょう。
のどかな街並みの中で培われたこの原体験は、大人になった彼女が心理学を学び、子どもたちへの暴力防止活動へと舵を切る際、心強い支えとなりました。どんなに時代が移り変わっても、人はつながりの中でこそ安心を感じられるという確信は、彼女が長年大切にしてきた視点です。身近な場所で育まれた人との距離感や思いやりが、現在の社会活動において、多くの人の心に寄り添う温かな眼差しとなって表れています。
上智大学文学部・臨床心理学専攻で学んだこと
上智大学文学部で臨床心理学を専攻した日々は、人の心という複雑で繊細な領域に深く向き合うための、かけがえのない学びの期間でした。カウンセリングの理論や心理学的なアプローチを専門的に探求したこの経験は、後に彼女が取り組む暴力防止や人権啓発活動における、揺るぎない土台となっています。
大学で得た知識は、単に学問としての心理学に留まりませんでした。人が抱える苦しみや悩みの背景にはどのような心模様があるのか、そして、それに対してどのように寄り添い、対話を通じて解決の糸口を見出していくのか。そうした臨床的な視点は、現場での対人支援を行う上での重要な羅針盤として機能しています。
特に、人の行動の背後にある動機や、関係性の中で生じる心理的な葛藤を客観的に捉える力は、今の活動の随所に活かされています。暴力の被害を受けた人や、悩みを持つ子どもたちが、再び自分自身の力を取り戻し、前を向いて歩んでいけるよう支援するためには、専門的な知見に裏打ちされた深い洞察が不可欠です。
大学時代に培った、一人ひとりの心に敬意を払い、丁寧に対話を積み重ねるという姿勢は、今も変わらず彼女の活動の根底に流れています。専門家としての知性と、人を大切に想う温かな感性が融合したその歩みは、多くの人々に安心感と勇気を与え続けています。
香港とカリフォルニアでの子育て経験と価値観の変化
1989年、夫の転勤をきっかけに海外での生活が始まり、香港やアメリカのカリフォルニア州で約10年間にわたり2人の子どもを育てるという貴重な経験をしました。慣れ親しんだ日本を離れ、異なる文化や価値観が混ざり合う環境に身を置いたことは、それまでの人生観を大きく変える転機となりました。
特に多文化が共生するカリフォルニアでの生活は、多様性がいかに社会を豊かにするかを肌で感じる毎日でした。個々の違いを尊重し、誰しもが自分らしく存在することを認めるという考え方は、その後の活動の大きな柱となっています。子どもを育てる中で、言葉や習慣が異なる人々が、互いの境界線を大切にしながら対等に関わり合う光景を目の当たりにし、人権意識がより具体的で日常的なものとして深く根を下ろしていきました。
海外での子育てを通じ、何が正解かという固定観念にとらわれるのではなく、一人ひとりの個性を守り、尊重し合うことの重要性を実感したのです。自分自身が「違うこと」を認められる環境で育つことは、子どもの自己肯定感を高め、健やかな成長を支えます。この経験は、後に彼女が取り組むことになる、暴力の連鎖を断ち切り、誰もが大切にされる社会を目指す活動への強い動機付けとなりました。異なる環境で培った柔軟な視点と、人権に対する公平なまなざしは、今の活動の随所に息づいています。
CAPスペシャリストとしてのスタートと子どもの暴力防止
帰国後の1999年、阿部さんは「CAP(子どもへの暴力防止)」プログラムのスペシャリストとしての活動を本格的に開始しました。CAPとは、子どもがいじめ、虐待、性暴力、誘拐といった暴力の被害に遭わないために、自分の心と体を守る権利があることを伝える予防教育プログラムです。
それまで海外の多様な文化の中で子育てをしてきた経験は、CAPが大切にする「子ども一人ひとりの尊厳を大切にする」という理念と深く共鳴しました。大人が子どもを保護するだけでなく、子ども自身が「自分は大切な存在だ」と自覚し、万が一の時に「いやだ」と拒否し、信頼できる大人に助けを求めるスキルを身につけることは、暴力の連鎖を断つための最も重要な一歩です。
スペシャリストとして現場に立ち続けた日々は、子どもたちが抱える小さな悩みや、誰にも言えずに苦しんでいる暴力の現実に深く向き合う時間でもありました。劇やワークショップを通じて、子どもたちに「あなたは誰からも傷つけられない存在だ」と直接語りかけ、エンパワメント(力を与えること)を繰り返してきました。
この時期の実践は、単なる知識の伝達にとどまりません。暴力が起きる社会の構造を見つめ、子どもを守るためには、周囲の大人がどのように関わるべきかを模索し続けるキャリアの転換点となりました。ここで積み重ねた現場での経験と、子どもたちの生の声が、その後の「エンパワメントかながわ」設立へとつながる確固たる自信と信念の源泉となっています。
エンパワメントかながわ設立の背景とビジョン
CAPスペシャリストとして多くの子どもたちと向き合い、暴力の予防教育を届ける中で、阿部さんは「一過性のプログラムだけで終わらせず、もっと地域全体で暴力の問題に取り組む持続可能な仕組みが必要だ」という強い確信を抱くようになりました。個々の暴力から子どもを守ることはもちろん大切ですが、暴力を許さない社会的な空気や、誰もが人権を尊重し合えるコミュニティを育むことが、真の意味での予防につながると考えたのです。
こうした想いから、2004年に設立されたのが「エンパワメントかながわ」です。設立当初から掲げているビジョンは、シンプルでありながら非常に力強い「暴力のない社会」の実現です。暴力が繰り返される背景には、力関係の不均衡や、お互いの存在を尊重し合えない社会的な土壌があるという視点に基づき、人権、エンパワメント、そしてつながりという三つの柱を活動の指針に据えました。
ここでの活動は、単に「暴力をやめましょう」と呼びかけることではありません。一人ひとりが自分自身の力を信じ、周囲の人々と対等で温かな関係を築けるように支える「エンパワメント」のプロセスを重視しています。また、行政や学校、地域の人々が孤立することなく手を取り合うことで、暴力が入り込む隙のない温かいコミュニティを作り上げることを目指しています。
設立から今日に至るまで、この拠点は、悩みを持つ人々が安心して声を上げられる場所であり、誰もが互いの尊厳を認め合える未来を信じる人々の、希望を育むプラットフォームとしての役割を果たし続けています。
認定NPO法人エンパワメントかながわ理事長としての役割
認定NPO法人エンパワメントかながわの理事長として、阿部さんは暴力のない社会を目指すための人権啓発活動を多角的に指揮しています。その役割は、単なる組織の運営にとどまりません。現場で培った知見を活かしながら、子どもから大人まで、あらゆる世代に向けた教育プログラムや研修を企画・実施し、暴力という課題に対して社会全体で向き合うための道筋を示しています。
理事長としての活動の核心にあるのは、一人ひとりが自分自身の尊厳を守り、同時に相手の尊厳も尊重できるような「対等な関係性」を社会に浸透させることです。そのため、学校現場での子ども向け講座はもちろん、保護者や教職員、行政関係者などを対象とした専門的な研修も数多く手掛けています。それぞれの立場に置かれた人々が、日常の中でどのような言葉をかけ、どのような関わりを持つべきか、具体的なヒントを伝えることで、生活の基盤となるコミュニティを内側から変えていくことを目指しています。
また、講演活動やメディアを通じた発信においても、暴力が特定の場所で起きる特別な問題ではなく、私たちのすぐそばにある関係性の問題であることを説いています。20万人を超える子どもたちと直接向き合ってきた経験から紡ぎ出される言葉には、被害者と加害者の双方を包み込むような深い人間愛が込められています。組織のトップとして専門性を高めつつ、常に現場の温度感を大切にする姿勢は、多くの支援者や連携団体の信頼を集め、暴力防止という困難な課題に立ち向かうための大きな原動力となっています。
著書『暴力を受けていい人はひとりもいない』に込めた思い
著書『暴力を受けていい人はひとりもいない』は、阿部さんが長年、子どもたちの声に寄り添い続ける中でたどり着いた、最も根源的で大切な真実を綴った一冊です。この言葉には、どんな理由があっても、いかなる場所でも、人間が他人から暴力を受けてよい権利など決して存在しないという、強い決意が込められています。
執筆の背景には、これまで全国の学校や地域で直接対話をしてきた、20万人を超える子どもたちの切実な願いがあります。暴力は、殴る・蹴るという身体的なものだけではありません。言葉による傷つけや無視、交際相手によるデートDV、さらには心理的な支配など、形を変えて日常の中に潜んでいます。この本を通じて阿部さんは、読者に対して「自分は大切な存在である」という実感を再び取り戻してほしいと語りかけています。
特に注目すべきなのは、被害者の視点だけでなく、暴力の加害者になり得る側の視点からも人権の本質を説いている点です。なぜ暴力が生まれてしまうのか、関係性の中で何が起きているのかを丁寧にひも解くことで、誰もが「暴力を振るう側」にも「受ける側」にもなり得るという現実を突きつけます。だからこそ、自分自身を大切にする自己肯定感と、相手を尊重する想像力が暴力の連鎖を断つ鍵であると訴えているのです。
この本は、暴力に悩む当事者にとっての道しるべとなるだけでなく、子どもを見守る大人や、社会のあり方を考えるすべての人にとって、人権を尊重し合う関係性とは何かを問い直すための大切な一冊となっています。日常の何気ないコミュニケーションの中に、暴力を防ぐための温かな種が蒔かれています。
NHKなどメディア出演から見える社会への発信スタイル
阿部さんは教育現場や講演といった対面での活動に加え、NHKをはじめとするテレビ出演、新聞、ウェブメディアなど、多岐にわたる媒体を通じて社会への積極的な情報発信を続けています。メディアという公共性の高い舞台を選ぶ理由は、暴力の問題を一部の専門家や被害者だけのものにせず、社会全体で共有すべき喫緊の課題として提示したいという強い意志があるからです。
その発信スタイルは、常に「分かりやすさ」と「等身大のメッセージ」を大切にしています。複雑な人権問題や心理学的な背景を、難しい専門用語で説明するのではなく、日常生活の中でのコミュニケーションを例に挙げながら、誰もが自分のこととして捉えられるような言葉を選んでいます。テレビ番組などで視聴者に向けて語りかける時も、暴力を振るうことも受けることもない「対等な関係」を築くための具体的なヒントを伝えることを心がけています。
また、メディアを通じた発信は、身近なところで悩んでいる人に対する「あなたは一人じゃない」というエールでもあります。現代社会において、SNSでの誹謗中傷やデートDV、性暴力といった問題が深刻化する中で、正しい知識を届けることは被害の未然防止に直結します。メディア出演の際に見せる、温かくも芯の通った語り口は、視聴者の不安を和らげ、暴力を防ぐための行動を促すきっかけとなっています。一人でも多くの人が暴力の問題に気づき、社会全体で声を上げる環境を作るために、メディアは阿部さんにとって欠かせない啓発のプラットフォームとなっているのです。
▶▶ 最新の阿部真紀さんの書籍などをアマゾンでチェックしてみる
デートDV予防とNPO活動
デートDV予防プログラムとは何かを整理する

デートDV予防プログラムは、若者の交際関係における暴力(デートDV)を未然に防ぐため、10代を中心とした若者に向けられた実践的な教育プログラムです。多くの若者にとって交際関係は初めての密接な人間関係である一方、そこには「愛しているから束縛してもいい」「嫌なことを言われても我慢するのが関係を維持する方法だ」といった誤った認識が潜んでいることがあります。このプログラムは、こうした固定観念を解きほぐし、暴力の本質を理解することから始まります。
プログラムの中では、身体的な暴力だけでなく、相手を監視する、行動を制限する、あるいは激しい言葉で威嚇するといった心理的な暴力についても具体的に学びます。特に大切にしているのは、何が暴力であるかを明確に定義することです。「対等であること」を基本とし、互いに意思を尊重し合える関係が健全であるという視点を共有することで、被害に遭った際に「これはおかしい」と気づく力を養います。
また、相手を傷つけず、自分の意見も率直に伝えられるようなコミュニケーション術の習得も大きな目的の一つです。断る権利や、相手をコントロールしない関係性についてワークショップ形式で議論を深めることで、若者自身が「自分も相手も対等で大切な存在である」という認識を育みます。早期にこうした知識とスキルを持つことは、将来にわたる人間関係において、自分と相手を尊重し合う土台となるのです。
「デートDV110番」開設の経緯と相談内容の特徴
2011年、日本で初めてのデートDVに特化した電話相談窓口として「デートDV110番」が開設されました。当時、10代や20代の交際関係の中で深刻な暴力被害が起きているにもかかわらず、それが「恋人同士の喧嘩」として過小評価され、相談できる場所が非常に少ないという切実な背景がありました。阿部さんは、若者が被害に気づいたその瞬間に、専門的な知識を持った大人につながれる窓口が必要であると強く感じ、この開設を主導しました。
相談内容にはいくつかの大きな特徴があります。最も多いのは、相手からの束縛や監視、LINEの返信を強要されるといった心理的、あるいはデジタル的な暴力に関する悩みです。相手との関係を維持したいという切ない思いと、自分の自由が奪われているという恐怖の間で揺れ動く若者が多く、電話口では複雑な葛藤が語られます。
専門の相談員は、こうした相談者に対して、まずは「あなたが感じている苦しさは、決してあなたのせいではない」ということをしっかりと伝えます。被害を受けている側の多くは「自分が相手を怒らせたからだ」と自分を責めがちですが、相談を通じて、暴力は加害者側の問題であるという認識を共有していくのです。
この窓口の役割は、単に解決策を提示することだけではありません。誰かに自分の思いを吐き出し、肯定してもらうことで、相談者自身が本来持っている「自分の心を守る力」を再び取り戻すことを支えています。開設以来、多くの若者たちの声に耳を傾けてきた経験は、デートDVが特別な環境で起きるものではなく、誰の身にも起こりうる日常的な人権侵害であるという事実を浮き彫りにしています。
デートDV防止全国ネットワーク設立と連携の広がり
デートDVという問題は、個々の地域や特定のNPOだけで解決できるものではありません。全国各地で若者の人権を守るために活動している団体が孤立せず、互いに力を合わせるための受け皿として設立されたのが「デートDV防止全国ネットワーク」です。このネットワークは、全国で展開される予防教育プログラムの質を底上げし、どこに住んでいる若者であっても、適切な知識や相談先へつながれる環境を整えることを目的としています。
この活動の核となっているのは、地域を超えた情報共有と専門研修の仕組みです。デートDVは、SNSの普及や社会情勢の変化に伴い、常にその形を変えています。そうした最新の状況や、現場で見えてきた課題をネットワーク全体で共有することで、各地の支援者が抱える悩みを解消し、より実効性の高い支援へとつなげることができます。また、研修を通じて支援の専門性を高め合うことは、被害者にとって、どこの相談窓口に連絡しても安心して話ができるという信頼の証にもなっています。
さらに、この連携は行政や学校関係者との架け橋としての役割も担っています。全国の団体が共通の理念を掲げて発信することで、地域社会に「デートDVは許されない人権侵害である」という認識が広く浸透しやすくなっています。設立から今日まで、このネットワークは単なる組織の集合体を超え、全国の支援者がつながり、互いに学び合い、より良い未来を目指すための強力なプラットフォームへと成長を続けています。地域ごとの個性を尊重しながら、若者たちを暴力から守るというひとつのゴールに向かって、支援の輪は着実に広がっています。
エンパワメントかながわの主なプログラムと活動実績
デートDVという問題は、個々の地域や特定のNPOだけで解決できるものではありません。全国各地で若者の人権を守るために活動している団体が孤立せず、互いに力を合わせるための受け皿として設立されたのが「デートDV防止全国ネットワーク」です。このネットワークは、全国で展開される予防教育プログラムの質を底上げし、どこに住んでいる若者であっても、適切な知識や相談先へつながれる環境を整えることを目的としています。
この活動の核となっているのは、地域を超えた情報共有と専門研修の仕組みです。デートDVは、SNSの普及や社会情勢の変化に伴い、常にその形を変えています。そうした最新の状況や、現場で見えてきた課題をネットワーク全体で共有することで、各地の支援者が抱える悩みを解消し、より実効性の高い支援へとつなげることができます。また、研修を通じて支援の専門性を高め合うことは、被害者にとって、どこの相談窓口に連絡しても安心して話ができるという信頼の証にもなっています。
さらに、この連携は行政や学校関係者との架け橋としての役割も担っています。全国の団体が共通の理念を掲げて発信することで、地域社会に「デートDVは許されない人権侵害である」という認識が広く浸透しやすくなっています。設立から今日まで、このネットワークは単なる組織の集合体を超え、全国の支援者がつながり、互いに学び合い、より良い未来を目指すための強力なプラットフォームへと成長を続けています。地域ごとの個性を尊重しながら、若者たちを暴力から守るというひとつのゴールに向かって、支援の輪は着実に広がっています。
「あなたは大切な人だよ」と伝える人権教育の考え方
阿部さんが提唱する人権教育の最も根本にあるのは、何よりもまず「自分自身を大切にする」という自己肯定感です。私たちは日々の生活の中で、誰かと比較されたり、自分の意見を抑え込んだりして、つい自分の気持ちを二の次にしてしまうことがあります。しかし、自分自身を大切にできない人が、真の意味で他人を大切にすることは非常に困難です。まずは自分自身をかけがえのない存在として認めること、それが他者の尊厳を守るための第一歩となります。
この考え方は、「自分自身と同じように、目の前にいる相手もまた、大切にされるべき存在である」という認識へと自然に広がっていきます。ワークショップの現場では、子どもたちが「自分には嫌だと言える権利がある」「自分の心と体は自分だけのものである」と実感できるような対話が行われています。そこで交わされる「あなたは大切な人だよ」という温かな言葉は、単なるスローガンではありません。それは、暴力という手段を使わなくても、互いの思いを尊重し合い、対等な関係を築くことができるという確かな希望のメッセージです。
こうした人権教育の考え方は、支配や服従といった力関係に依存しない、健やかな人間関係を築くための強固な土台となります。子どもたちが学校や家庭で「自分は大切にされている」という実感を積み重ねることで、将来、誰かと交際する際や社会に出たときにも、互いを尊重し合う関係性を自然と選べるようになっていくのです。人権という難しい概念を、日々の関わりや言葉の中に落とし込み、心のあり方として伝えること。それが、暴力の連鎖を根底から断つための、最も優しく、かつ強力な実践となっています。
いじめ・虐待・性暴力・LGBTなどへの広がり
デートDVの予防教育から始まった阿部さんの活動は、現在、いじめや虐待、性暴力、そしてLGBTを含む多様な性のあり方など、社会に存在する広範な人権課題へとその視点を広げています。これら一見すると異なる分野の課題も、その根底にあるのは「力による支配」や「個人の尊厳に対する軽視」という共通の構造です。一つの課題だけに焦点を当てるのではなく、それらが互いに重なり合っている社会的な背景を見つめ、暴力の連鎖を断つためには、人権を包括的に尊重する視点が不可欠であると考えています。
例えば、いじめや虐待は、幼少期からの力関係のすり込みが影響している場合があります。また、LGBTの人々が直面する困難も、社会的な偏見や無理解という名の暴力から生じることが少なくありません。性暴力に関しても、同意の欠如という問題は、デートDVの文脈で見られる「相手の意思を尊重しない」という態度と地続きの課題です。こうした多角的な視点を持つことで、特定の枠組みにとらわれず、誰もが自分らしく生きられる社会づくりを目指しています。
エンパワメントかながわが展開する啓発活動では、多様な背景を持つ人々が、お互いの個性を認め合い、対等な関係を築くための力を養うことを重視しています。暴力は「特別な人が行う特別な行為」ではなく、私たちの日常的な関わりの中に潜んでいるという認識を広めることが、すべての課題解決への鍵となります。人権を尊重するという姿勢を活動の核に据え、個々の違いを強みとして受け入れられる社会環境を目指して、阿部さんは多角的なアプローチを積み重ねています。
学校・行政・NPOとの協働で目指す「暴力のない社会」
暴力のない社会を実現するためには、特定の団体だけで取り組むのではなく、学校、行政、そしてNPOがそれぞれの強みを活かしながら手を取り合う、重層的な連携体制が欠かせません。阿部さんは、この三者が一丸となって子どもたちの日常を見守り、支援するコミュニティの構築を推進しています。
学校は、子どもたちが一日の大半を過ごす場所であり、人権教育を日常的に実践する最適なフィールドです。行政は、地域の福祉政策を担い、相談窓口の拡充や啓発活動を支える重要な役割を担っています。そしてNPOは、専門的な知見や柔軟な発想を活かして、現場の声を吸い上げ、課題解決のためのプログラムを提供します。この三者の連携がスムーズに行われることで、暴力の兆候を早期に発見し、必要な支援を必要なタイミングで届けるセーフティネットが機能し始めます。
特に力を入れているのは、地域のコミュニティが日常的に「暴力はあってはならないこと」という価値観を共有する仕組みづくりです。教職員向けの専門的な研修を行い、学校内の対応力を高めることはもちろん、行政とも連携して地域全体で人権意識を深める講座を数多く開いています。
こうした協働の輪を広げることで、家庭や学校という閉じられた空間で悩みを抱えがちな子どもたちを、地域全体で見守る環境が育まれます。大人たちが互いに連携する姿を見せること自体が、子どもたちにとって「自分たちは多くの人から大切にされている」という安心感に直結します。暴力のない未来は、こうした日々の小さな協働の積み重ねの中にこそ築かれています。
次世代への継承と活動を持続可能にするための工夫
阿部さんの活動が長年にわたり社会に根を張ってきた理由は、目先の課題解決だけでなく、暴力のない社会を目指す歩みを止めないための「持続可能な仕組み」を大切に育んできたからに他なりません。どれほど熱い理念であっても、一代で終わらせてしまっては社会の構造を変えることはできません。そのため、次世代の担い手を育てる人材育成と、組織として自立して活動を継続するための基盤づくりに、設立当初から並々ならぬ力を注いできました。
具体的には、現場で培ってきた膨大な知見を体系化し、新たなスタッフや支援者が同じ理念を持って活動を展開できるよう、マニュアル化や研修プログラムの整備を進めています。暴力防止教育は非常に専門性が高く、繊細なコミュニケーションが求められる領域です。だからこそ、阿部さんが直接指導するだけでなく、経験豊富な先輩が後輩を支え、知識や技術をしっかりとバトンタッチできる環境を整えています。
また、非営利組織としての運営を安定させるための資金面の基盤強化も重要なテーマです。寄付や助成金に頼り切るだけでなく、研修事業の収益化や、社会的な共感を呼ぶ活動の発信を通じて、組織の経済的な自立を目指しています。
次世代にこの活動を継承していくことは、単に組織の寿命を延ばすことではありません。子どもたちがいつの時代も安心して過ごせる社会を、次の世代へと手渡すための責任です。志を同じくする仲間を増やし、地域社会と深い信頼関係を築きながら、誰もが尊厳を大切にできる未来を確かなものにするために、柔軟で工夫に満ちた運営体制を常にアップデートし続けています。
阿部真紀って何者?暴力のない社会へ向けたメッセージ
- 臨床心理学の知見を基盤に暴力防止教育を長年実践している専門家
- 1961年生まれの鎌倉育ちで子どもたちの人権を守る活動を主導
- 海外での子育て経験から多様性と人権の大切さを深く学んだ人物
- 1999年から子どもへの暴力防止プログラムの普及に尽力し続ける
- 2004年にエンパワメントかながわを設立し社会的な支援を構築
- 認定NPO法人の理事長として暴力のない社会の実現を目指している
- 暴力を受けていい人は一人もいないというメッセージを強く発信
- デートDV予防という新しい視点を若者向けの教育に取り入れた
- 全国初のデートDV110番を開設し被害者の相談に寄り添い続けた
- デートDV防止全国ネットワークを設立し各地の連携を深めている
- 自分自身を大切にする自己肯定感の育成を教育の根幹に据える
- いじめや虐待そして性暴力といった多様な人権問題へ視点を広げる
- 学校行政や支援団体と協働して地域全体での見守り体制を作る
- 次世代が活動を継続できるような人材育成と組織運営に努める
- 誰もが尊厳を尊重し合える未来のために活動を日々展開している
▶▶ 最新の阿部真紀さんの書籍などをアマゾンでチェックしてみる





コメント