1987年に神奈川県で生まれた丹治俊樹さんは、現在、日本全国の博物館を巡り歩くライターとして多方面で活躍しています。新卒でシステム開発会社に入社し、エンジニアとしてのキャリアを積み上げてきましたが、その人生には大きな転機がありました。
過酷な労働環境の中でうつ病を経験し、絶望の中にいた彼を救ったのが、各地に点在する博物館やユニークなスポットとの出会いでした。独立してフリーランスエンジニアとなり、自由な時間を確保しながら全国2000箇所以上の取材を積み重ねてきた歩みは、多くの人々に感銘を与えています。
論理的な思考を武器に、歴史の裏側を構造的に解き明かす独自のスタイルは、単なる趣味の領域を大きく超えています。テレビ番組や雑誌などのメディアを通じて、私たちが知らなかった日本の姿を次々と発掘し、発信し続ける情熱の源泉に触れてみてください。
【この記事のポイント】
- 丹治俊樹さんがエンジニアから博物館ライターになった経緯
- 2013年から運営を続けるブログ知の冒険の驚異的な記録
- 全国各地の取材を通じて体現している独自の日本再発掘
- 著書やメディア出演を通じて社会に問いかける文化保存の意義
丹治俊樹の経歴とプロフィールの詳細を時系列で紹介
1987年神奈川県生まれのバックグラウンド

1987年に神奈川県で生を受けた丹治俊樹さんは、幼少期の頃から周囲にある物事の成り立ちや、その背景に隠された歴史に対して人一倍強い関心を抱いていました。活発に動き回る子供時代を過ごしながらも、どこか一つの場所が持つ独自の物語を読み解くことに喜びを感じる感性は、この時期に静かに育まれていったようです。一見すると周囲と変わらない少年時代のように見えますが、日常の風景の中にある「なぜ」を見つけ出す鋭い視点は、すでにこの頃から芽生えていました。
成長するにつれてその知的好奇心はさらに広がりを見せ、単なる知識の習得だけでは飽き足らず、自分の足で現地を訪れ、その場の空気に触れることの重要性を肌で感じるようになります。神奈川という都市部と豊かな自然、そして歴史的なスポットが共存する環境も、多角的な視点を養う一助となりました。何気ない散歩道や近隣の古い建物、あるいは小さな資料館に展示された品々。それらが持つ価値を独自の感性で捉える習慣が、後に日本全国に点在する博物館を巡るという壮大な活動の原動力となりました。
この幼少期から青年期にかけて培われた「対象を深く掘り下げる力」は、現在の活動の根幹を成す大切な要素です。未知の情報を求めて各地を旅するエネルギーの源流は、神奈川の地で過ごした穏やかな日々の中にあり、今もなお色褪せることなく彼の探究心を支え続けています。
新卒でシステム開発会社に入社した会社員時代
大学を卒業した丹治俊樹さんは、社会人としての第一歩をシステム開発会社で踏み出しました。新人エンジニアとしてIT業界に身を置き、コンピュータープログラムの構築やシステム運用に携わる日々は、それまでの学生生活とは異なる、厳密な論理性が求められる世界でした。複雑なプログラムのコードを一行ずつ読み解き、エラーの原因を特定して修正を繰り返すという緻密な作業は、持ち前の集中力をさらに研ぎ澄ませる貴重な経験となりました。
このエンジニアとしての実務経験は、単なる技術習得に留まらず、物事を構造的に捉える思考回路を形作りました。膨大な情報を整理し、優先順位をつけて効率的に処理するスキルや、一つの不具合に対して粘り強く原因を究明する探究心は、この会社員時代に徹底して叩き込まれたものです。現在、彼が全国各地のニッチなスポットを取材する際に、対象の背景を多角的に分析し、筋道の通った文章でアウトプットできるのは、まさにこの時期に培われたエンジニア特有の客観的な視点があるからに他なりません。
また、組織の一員として働く中で得た社会経験や、ビジネスの現場で求められる調整能力も、後のフリーランス活動やメディア運営における土台となりました。一見すると現在の博物館ライターという肩書きとは結びつかないように思えるエンジニアというキャリアですが、その合理的で正確性を重んじる姿勢こそが、読者から高い信頼を得る緻密な記事スタイルの原点となっています。日々の業務を通じて磨かれた「物事を整理し、伝える力」が、後に多くの人々を惹きつけるブログ運営の確かな基礎を築き上げました。
2013年から始まったブログ「知の冒険」の軌跡
システム開発の現場でエンジニアとして多忙な日々を送る傍ら、丹治俊樹さんは2013年に自身のブログ「知の冒険」を開設しました。始まりは、日々の生活の中で見つけた興味深いスポットや、自身が訪れた場所の記録を残すという趣味の一環でした。しかし、持ち前の探究心は単なる日記の枠を大きく超え、一つの場所に対して膨大な調査を行い、その歴史や背景を徹底的に掘り下げて解説する独自のスタイルへと進化していきました。
ブログの大きな転換点となったのは、誰もが見落としてしまいそうな小さな資料館や、一風変わった私設博物館、あるいは地図から消えつつあるような歴史的遺構に焦点を当てたことです。エンジニア時代に培った緻密なデータ整理能力を活かし、現地の写真と共に詳細な取材記録を掲載するその内容は、インターネット上で「これまでにないほど深く、面白い情報源」として徐々に注目を集めるようになりました。更新を重ねるごとに、読者の間ではその圧倒的な情報量と、対象への深い敬意が感じられる丁寧な記述が評判となっていきました。
当初は小規模な個人サイトでしたが、数年が経過する頃には、月間PV数が数十万規模に達する巨大なメディアへと成長を遂げました。週末のすべてを費やして全国各地を巡り、足で稼いだ情報を惜しみなく公開し続ける真摯な姿勢が、同じような好奇心を持つ多くの人々の心を捉えたのです。「知の冒険」は、単なる観光案内ブログではなく、埋もれた日本の文化や個人の熱意を再定義する場として、確固たる地位を築き上げました。このブログでの成功と、そこから生まれた読者との繋がりが、後のライター活動や出版といった新たなキャリアを切り拓く大きな一歩となったのです。
2017年に独立しフリーランスエンジニアへ転身
システム開発会社での勤務を通じて着実にスキルを磨いてきた丹治俊樹さんは、2013年から続けていたブログ活動と会社員としての生活を両立させる中で、自身の生き方を見つめ直す時期を迎えていました。そして2013年のブログ開設から4年が経過した2017年、組織に属する会社員という立場を離れ、フリーランスのシステムエンジニアとして独立するという大きな決断を下しました。この転身は、単なるキャリアアップのためだけでなく、自身が情熱を注ぐ「知の冒険」の活動をより深化させるための戦略的な選択でもありました。
フリーランスという働き方を選んだことで、場所や時間に縛られない柔軟なライフスタイルを手に入れることができました。会社員時代には週末や限られた休暇を利用して行っていた全国各地への取材も、業務委託の案件を自ら調整することで、より長期的な視点でスケジュールを組むことが可能になったのです。この環境の変化は、取材の質と量を飛躍的に向上させました。平日の空いている時間を活用して遠方の博物館を訪れたり、資料調査にじっくりと時間を割いたりすることができるようになり、ブログの内容はさらに専門性と独自性を増していくこととなりました。
エンジニアとしての専門知識を活かして安定した収入基盤を維持しつつ、その傍らで自らのライフワークである博物館巡りに全精力を注ぐという「二刀流」のスタイルは、この独立によって完成されました。フリーランスエンジニアとしての論理的な思考は、複雑な取材対象を整理して執筆する際にも大いに役立ち、一方で博物館での発見や驚きが仕事への活力となるという、理想的な相乗効果を生み出しています。自分のペースで仕事と向き合い、自由な足取りで日本中を駆け巡る現在のスタイルは、この2017年の勇気ある一歩から始まりました。
二郎全店制覇を成し遂げた圧倒的な探究心

丹治俊樹さんの活動を語る上で欠かせないのが、一つの物事に対して限界まで打ち込む凄まじい集中力です。その象徴的なエピソードとして知られているのが、熱狂的なファンを多く持つ「ラーメン二郎」の全店舗を制覇したという経験です。単なる外食の記録に留まらず、北は北海道から南は九州まで点在するすべての店舗を実際に訪れ、その一杯を完食するという行為は、並大抵の体力と精神力では成し遂げられない偉業と言えます。このエピソードは、彼が持つ「一度興味を持ったら最後までやり遂げる」という完遂能力の高さを物語っています。
この全店制覇という目標に向けたプロセスには、エンジニアらしい緻密な計画性と、現場へ足を運ぶことを厭わないフットワークの軽さが凝縮されています。各店舗の営業日やルールを事前に精査し、効率的なルートを導き出して実行に移すその姿勢は、現在の博物館取材における徹底したリサーチ手法と密接にリンクしています。周囲からは、その驚異的な行動力と妥協を許さない探究心に対して、ある種の職人気質なこだわりを感じると高く評価されるようになりました。
特定のジャンルを極めることで見えてくる景色や、全制覇した者にしか分からない細かな差異を読み解く力は、この二郎巡りを通じてさらに研ぎ澄まされていきました。この時に培われた「対象を網羅的に把握し、その本質を抽出する」というマインドセットは、現在の日本全国にある博物館や資料館を網羅しようとする壮大な活動の原点ともなっています。何事に対しても中途半端を嫌い、トコトン突き詰めるその情熱こそが、丹治俊樹という人物のアイデンティティを形作る重要なピースとなっています。
うつ病を乗り越えて見つけた博物館への情熱
順風満帆なキャリアを歩んでいるように見える丹治俊樹さんですが、その道のりの中では、うつ病という精神的に非常に困難な時期を経験しています。IT業界という変化の激しい環境でエンジニアとして働き、常に高い成果を求められる日々の中で、心身のバランスを崩してしまったことが大きな転機となりました。外に出ることさえ億劫に感じ、気力が減退していく苦しい毎日の中で、唯一自分を外の世界へと連れ出してくれたのが、日本各地に点在する博物館や、少し変わった不思議なスポットへの訪問でした。
静まり返った館内で、過去から受け継がれてきた展示物や、誰かの情熱が注ぎ込まれたコレクションと向き合う時間は、傷ついた心に静かな癒やしを与えてくれました。社会の喧騒から離れ、時が止まったような空間で展示品が語りかけてくる物語を読み解くうちに、次第に心の充足感を取り戻していきました。日常の評価軸とは無縁な場所で、先人たちの営みや知恵に触れることが、彼にとっては何よりの良薬となったのです。この深い救済の経験こそが、後の活動を単なる趣味以上の、使命感を帯びたものへと変容させました。
自身の心を救ってくれたこれらの場所が、実は多くの人々に知られないまま存続の危機に瀕していたり、その価値が十分に認識されていなかったりする現状を目の当たりにし、強い想いが芽生えました。それは「自分を癒やしてくれた素晴らしい場所の存在を、世の中に正しく伝えたい」という恩返しのような情熱です。それ以降、単に情報を収集するだけでなく、そこにある歴史や運営者の思いまでを丁寧に汲み取る、現在の真摯な取材スタイルが確立されました。苦難の時期を経て見つけたこの情熱が、現在の日本再発掘という壮大な旅の確かな礎となっているのです。
全国2000箇所以上を取材した日本再発掘の旅
丹治俊樹さんは現在、日本各地を縦横無尽に駆け巡り、これまでに2000箇所以上という驚異的な数のスポットを取材してきました。その対象は一般的な博物館や資料館に留まらず、珍スポット、遊郭跡、昭和レトロな街並みなど、多岐にわたります。特定のジャンルに縛られることなく、日本中に眠っている「知られざる場所」に光を当てる活動は、まさに日本再発掘の旅と呼ぶにふさわしいものです。
取材のスタイルは徹底しており、ガイドブックには決して載ることのないようなマニアックな場所であっても、自ら足を運び、運営者や地域の方々から直接話を聞くことを大切にしています。一見すると風変わりに見える私設のコレクションや、時代の波に取り残されたような古い建物であっても、そこには必ず誰かの情熱や地域の歴史が息づいています。そうした埋もれがちな文化の断片を一つひとつ丁寧に拾い上げ、独自の視点で再構築して発信する姿勢は、多くの読者に新しい発見と知的興奮を与え続けています。
この膨大な取材実績を支えているのは、単なる記録好きという域を超えた、日本という国に対する深い愛情と敬意です。2000箇所を超える訪問を重ねる中で培われた確かな審美眼は、情報の表面をなぞるだけでは見えてこない、物事の本質や意外な繋がりを浮き彫りにします。訪れる先々で失われゆく歴史や文化の現状を目の当たりにするからこそ、それを記録し、次世代へ繋げようとする彼の活動は、今や一つの文化保存活動としての側面も持ち始めています。自由な発想と圧倒的な行動力で続けられるこの旅は、今この瞬間も更新され続けており、私たちの知らない日本の姿を鮮やかに描き出しています。
丹治俊樹の経歴が生んだ著書やメディア出演の実績
大ヒット作『世にも奇妙な博物館』の執筆背景

長年にわたる取材活動を通じて蓄積された膨大な記録とデータをもとに、丹治俊樹さんは自身初となる単著『世にも奇妙な博物館』を世に送り出しました。この著作が誕生した背景には、ブログ「知の冒険」を通じて出会った数多くの施設や、そこで情熱を注ぐ運営者たちの存在がありました。多くの私設博物館は、個人の熱意や特定の歴史を後世に伝えたいという強い願いから運営されていますが、世間一般には十分に認知されていないケースが少なくありません。彼はそうした場所が持つ唯一無二の価値を、一冊の本という形で体系化し、より多くの人々へ届けることを決意しました。
執筆にあたっては、これまで訪れた膨大なスポットの中から特に強い印象を残した場所を厳選し、半年以上の時間をかけて改めて徹底的な再取材を行いました。単なる施設紹介に留まらず、なぜその場所が作られたのか、展示品に込められた持ち主の思いは何なのかという人間ドラマにまで深く踏み込んだ内容は、従来のガイドブックとは一線を画す深みを持っています。エンジニアとしての冷静な分析力と、一人の愛好家としての温かな視点が融合した記述は、読者を未知の世界へと誘う力強い案内図となりました。
出版後の反響は大きく、紹介された施設に対して「こんな場所が日本にあったのか」という驚きの声が相次ぎました。読者からは、知的好奇心を刺激される一級のエンターテインメント作品として楽しまれる一方で、実際に本を手に取って現地を訪れる人が増えるなど、実地への橋渡しとしても大きな役割を果たしました。この一冊の成功は、マイナーだと思われがちだった博物館というジャンルに新しい光を当て、知られざる文化の保護や発信における大きな転換点となりました。
東洋経済オンラインで連載を持つ執筆力
ビジネスパーソンを中心に幅広い読者層を持つ「東洋経済オンライン」において、丹治俊樹さんは定期的に署名記事を執筆しています。その執筆内容は、単に珍しい場所や面白いスポットを紹介するだけの紀行文に留まりません。一つの施設が地域経済にどのような影響を与えているのか、あるいは運営難に直面しながらもなぜ存続し続けているのかといった、経営や社会情勢に絡めた深い分析が多くの読者の支持を得ています。
彼の文章の最大の特徴は、エンジニア時代に培われた論理的な構成力と、膨大な取材データに裏打ちされた客観性です。例えば、奈良公園の糞虫(ふんちゅう)に焦点を当てた記事では、自然界のサイクルを解説するだけでなく、その存在がもたらす経済効果を具体的な数値で推計するなど、ビジネスメディアにふさわしい多角的な視点を提供しています。こうした「知的好奇心」と「実社会への影響」を繋ぎ合わせる言語化能力が、情報の信頼性を高めています。
また、記事の端々からは、取材対象者に対する深い敬意が伝わってきます。施設を維持するために孤軍奮闘する館長や、特定の分野を極めた専門家の思いを丁寧に掬い取り、読者の心に響くストーリーとして再構成する力は、他のライターにはない独自の強みです。論理と感情のバランスが取れたその執筆スタイルは、単なる趣味の領域を超え、教養としての価値を記事に付与しています。専門的な知識を前提としながらも、誰にとっても読みやすく、かつ深い洞察が得られる彼の連載は、多忙なビジネスパーソンにとっての良質なインプットの場として定着しています。
テレビやラジオなど多岐にわたるメディア出演
日本全国に点在する博物館や知られざるスポットに関する圧倒的な知識量が評価され、丹治俊樹さんは地上波のバラエティ番組やラジオ番組など、数多くのメディアに出演しています。特に「マツコの知らない世界」などの人気番組では、特定のテーマを深掘りする専門家としてゲスト出演し、独自の切り口で施設の見どころを熱弁する姿が大きな反響を呼びました。単なる施設紹介に留まらず、その背景にある歴史的価値や運営者の情熱を分かりやすく言語化する力は、視聴者の好奇心を強く刺激しています。
メディア出演の際、常に心がけているのは「まだ知られていない価値を正しく世に届けること」です。テレビという大きな影響力を持つ媒体を通じて、一見すると地味な資料館やユニークすぎる私設博物館にスポットライトを当てることで、これまで博物館というジャンルに馴染みのなかった層にもその魅力を浸透させてきました。番組内での丁寧な解説や、時折見せる深い愛情を感じさせるコメントは、視聴者に強い信頼感を与え、放送後には紹介された施設に多くの見学者が訪れるといった現象も起きています。
また、ラジオ番組などの音声メディアにおいても、その卓越したトーク力が発揮されています。視覚情報のない状況でも、現地の空気感や展示物のディテールを鮮明に描き出す描写力は、長年の現地取材で培われた観察眼の賜物と言えるでしょう。こうした多岐にわたるメディア活動は、衰退の危機にある地方の資料館や文化遺産に再び人々の目を向けるきっかけを作っています。専門家としての立ち位置を確立しながらも、常に一般の来館者と同じ新鮮な目線を忘れない彼の姿は、博物館文化を盛り上げる旗振り役として高く支持され続けています。
博物館ライターとして発信する独自の視点
丹治俊樹さんは、論理的な思考を重んじるエンジニアリングの視点と、過去の遺産を慈しむ歴史への深い造詣を掛け合わせた、唯一無二のライターとして活動しています。その執筆スタイルは、単に「何が展示されているか」という表面的な情報の羅列に留まりません。彼は、展示物がどのように配置され、どのような意図でキャプションが添えられているのかといった、展示の背後にある「情報設計」にまで鋭い眼差しを向けます。この緻密な観察眼こそが、彼の記事が他の追随を許さない高い質を保っている理由の一つです。
システム開発の現場で培った「構造を理解する力」は、博物館という空間を分析する際にも存分に発揮されています。建物の構造そのものが持つ歴史的意味や、来館者の動線を考慮した展示構成など、細部にわたる要素をパズルのように組み合わせて一つの物語として再構築します。特に、手書きの解説板や独自の工夫が凝らされた個人運営の施設においては、その創意工夫の跡をエンジニア的な分析力で読み解き、運営者の意図を鮮明に描き出します。
このように多角的な視点を持つことで、一見すると何の変哲もない展示物であっても、その資料が持つ本来の重要性や、時代背景との結びつきを説得力を持って伝えることが可能になります。博物館を単なる見学の場ではなく、情報の集積体として捉える彼の姿勢は、読者に対しても「新しい物の見方」を提示し続けています。知識の深さと分析の鋭さが融合した独自のアプローチによって、埋もれていた歴史の断片に光が当てられ、現代に生きる私たちにとっての意味を問い直す貴重な機会が提供されています。
エンジニア目線で分析するスポットの歴史

丹治俊樹さんの活動を支えているのは、システム開発の最前線で磨き上げたエンジニアとしてのロジカルな思考回路です。プログラミングやシステム構築において必要不可欠な「物事を要素分解し、全体の構造を把握する」という手法は、歴史的なスポットの変遷を読み解く際にも存分に発揮されています。例えば、複雑に絡み合った歴史的背景や資料の数々を、あたかもシステム仕様書を整理するように構造化して捉えることで、一見バラバラに見える事実の裏にある一貫したストーリーを見事に抽出しています。
このアプローチが最も顕著に現れるのは、専門性の高い技術博物館や、特定の産業に特化した資料館の解説です。展示されている機械の仕組みや技術革新の系譜を、エンジニアならではの視点で機能的に分析し、それが社会にどのような「出力」をもたらしたのかを明快に言語化します。複雑で難解になりがちな事実関係を、論理的な一貫性を持って整理し直す技術は、専門知識がない読者にとっても驚くほど理解しやすい内容へと昇華されています。
また、スポットの歴史を単なる「過去の出来事」として捉えるのではなく、現在の姿に至るまでの「プロセス」として解析する点も特徴的です。どのような背景があってその場所が誕生し、どのような更新を経て今の形になったのか。その変遷をシステムのアップデート履歴のように精密に追うことで、スポットが持つ真の価値を浮き彫りにします。エンジニアとしての正確性と、ライターとしての物語性が融合したこの独自の分析手法は、私たちが何気なく見過ごしてきた風景の中に、深遠なロジックと歴史の重みを感じさせてくれます。
aini(アイニ)で展開する体験型街歩きツアー
丹治俊樹さんは、ウェブ上での発信に留まらず、体験共有プラットフォーム「aini(アイニ)」を通じて、自らがガイドを務める体験型の街歩きツアーを精力的に開催しています。この活動は、ブログや書籍という画面越し・紙面越しの情報共有だけでは伝えきれない、現地の生きた空気感や微細なディテールを、参加者と直接共有したいという思いから始まりました。彼が長年の徹底した取材で培った知見を、実際にその場所を歩きながらリアルタイムで聞き届けることができるこのツアーは、知的好奇心の強い人々にとって極めて貴重な体験の場となっています。
ツアーの大きな特徴は、一般的な観光ガイドでは決して触れられないような、その場限りの深い裏話や独自の考察が次々と飛び出す点にあります。例えば、かつての花街の遺構が残るエリアを歩く際には、建物の細かな意匠から当時の社会構造を読み解いたり、地図には載っていない小さな路地の成り立ちをエンジニア的な視点で解説したりと、多層的な物語が展開されます。丹治さん自身の足で稼いだ膨大な情報に基づいているため、どの質問に対しても即座に深い背景が返ってくるそのライブ感は、参加者に強い驚きと満足感を与えています。
こうした独自の切り口によるツアーは、募集が開始されるたびに定員が埋まってしまうほどの高い人気を博しています。参加した方々からは、一人で歩いただけでは絶対に見落としてしまうような発見があり、いつもの風景が全く別の世界に見えるようになったという声が多く寄せられています。単なる知識の伝達ではなく、物事の「見方」そのものを共有するこの活動は、地域文化への理解を深めるコミュニティ形成の場としても機能しています。彼と共に歩む時間は、日本の隠れた価値を再発見する、まさに「知の冒険」の体現そのものと言えるでしょう。
最新作『世にも至宝な博物館』に込めた想い
前作で大きな話題を呼んだ丹治俊樹さんが、さらなる探求の成果として世に送り出したのが最新作『世にも至宝な博物館』です。この著作は、単なる珍スポットの紹介に留まっていたこれまでの枠組みを大きく広げ、後世に語り継ぐべき歴史的・文化的な価値を持つ場所をより厳選して構成されています。全国各地を巡り歩き、2000箇所以上の現場を見てきた彼だからこそ選ぶことのできる、まさに「至宝」と呼ぶにふさわしい珠玉のコレクションが、一冊の中に凝縮されています。
本作で特に重きを置かれているのは、展示されている物そのものだけでなく、それらを守り続けてきた人々の情熱や、施設が存続してきた背景にある物語を丁寧に描写することです。エンジニアらしい緻密な筆致で、施設の構造やコレクションの希少性を論理的に解説しながらも、その行間からは、失われゆく文化遺産に対する深い慈しみが伝わってきます。独自の切り口によって、一見すると難解に思える専門的な展示物も、現代の私たちと地続きの物語として鮮やかに浮かび上がります。
また、この著作を通じて丹治さんは、これらの貴重な場所を「保存し、継続させること」の重要性についても静かに、しかし力強く訴えかけています。少子高齢化や資金難など、多くの私設博物館が直面している厳しい現実を目の当たりにしてきたからこそ、読者が実際に足を運び、その価値を肌で感じることが、文化を守る第一歩になるという信念が込められています。単なる情報収集のための書籍ではなく、読者の知的好奇心を揺さぶり、実際の行動へと促すこの一冊は、日本の文化再発見に向けた新しいバイブルとしての役割を果たしています。
丹治俊樹の経歴とこれまでの歩みから導き出した活動の総括
- 1987年に神奈川県で生まれ幼少期から高い好奇心を持つ
- 大学卒業後に新卒でシステム開発会社へ入りエンジニアとなる
- 会社員時代に論理的思考やデータ整理術の基礎を習得する
- 2013年に自身の知的好奇心を記録するブログ知の冒険を開始
- 趣味の枠を超えて日本各地の未知のスポットを深掘りし続ける
- 2017年に独立しフリーランスエンジニアとして自由を得る
- 独立後の柔軟な働き方を活用して全国各地への取材を本格化
- うつ病という困難な時期を博物館巡りの癒やしにより克服する
- 救われた経験から各地の文化施設への恩返しとして発信を強化
- ラーメン二郎全店制覇を成し遂げるほどの圧倒的な完遂力を持つ
- 全国2000箇所以上の施設を自ら歩いて取材し記録に残す
- 初の単著となる世にも奇妙な博物館を出版し大きな反響を呼ぶ
- 東洋経済オンラインで経済的視点も交えた連載記事を執筆する
- マツコの知らない世界など地上波の人気番組に専門家として出演
- エンジニアの論理とライターの感性を融合させた独自の視点
- ainiで街歩きツアーを主宰し現地での生きた体験を共有する
- 最新作世にも至宝な博物館で文化保存の重要性を世に問う





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