兵庫県芦屋市にある「あーぼん」は、日本各地から食通が集う串カツの名店です。厨房で一串に魂を込める長谷川勤氏の背中には、常に店全体を温かく包み込み、客席の空気を整える奥さんの献身的な支えがありました。ミシュラン一つ星を長年維持する職人の矜持と、突如として襲った重い病を夫婦二人三脚で乗り越えた再起の物語は、多くの人々の心に深い感動を与えています。
一筋の油、一粒の衣にまでこだわり抜くプロの技を支える家族の絆を紐解くことで、この店がなぜ予約困難な場所であり続けるのか、その真髄が見えてきます。職人の情熱とそれを支える深い愛情の軌跡を、以下の内容で詳しく解説します。
【この記事のポイント】
- 長谷川勤氏と奥さんが名店あーぼんを二人三脚で築き上げた苦労と歩み
- 過酷な病を乗り越えて再び揚場に立つ店主を支えた奥さんの献身的な言葉
- 日本料理の技法を串カツに融合させた独自の調理技術と徹底した品質管理
- 予約の絶えない名店を支える細やかな接客術と夫婦が描く次世代への夢
串カツ料理人の長谷川勤を支える奥さんの献身と夫婦で歩んだ苦労の道
芦屋の名店あーぼんを二人三脚で守り抜く妻の覚悟

兵庫県芦屋市の閑静な住宅街に佇む「あーぼん」は、全国の美食家たちがその味を求めて集う串カツの聖地です。この場所で店主が揚場という真剣勝負の舞台に立ち続けられるのは、常に傍らで店全体の空気を整え、客席を温かく守り続ける奥さんの存在があるからに他なりません。職人として一串に魂を込める夫の背中を、奥さんは誰よりも近くで見つめ、支えてきました。
店内では、店主が調理に全神経を集中させる一方で、奥さんはお客様一人ひとりの食事の進み具合やグラスの空き具合にまで細やかに目を配っています。二人の間には、言葉を交わさずとも通じ合うような長年の信頼関係が流れており、そのあうんの呼吸が、高級店でありながらもどこか実家に帰ったような居心地の良さを生み出しています。
かつて店主が大きな病を患い、店を離れざるを得なかった困難な時期も、奥さんは決して希望を捨てませんでした。夫が再び揚場に戻れる日を信じて、店をいつでも再開できる状態に保ち、精神的な支えとなり続けたのです。この献身的な振る舞いがあったからこそ、あーぼんは苦境を乗り越え、以前にも増して輝きを放つ名店へと進化を遂げました。
奥さんの接客は、単なるサービスという枠を超え、店主の作る料理を最高の状態で楽しんでもらいたいという深い愛情に満ちています。職人の厳しさと、それを包み込むような妻の優しさが融合することで、あーぼんは唯一無二の場所となっています。お客様が店を後にする際、満足感と共に温かい気持ちになれるのは、まさにこの二人三脚で築き上げられた、揺るぎない覚悟と絆があるからこそと言えるでしょう。
中学卒業から料亭修業を経て独立を支えた家族の絆
長谷川勤氏の料理人としての人生は、中学校を卒業してすぐ、料理の世界へ飛び込んだところから始まりました。15歳という若さで厳しい板場の門を叩き、そこから始まった料亭での修業生活は、決して甘いものではありませんでした。早朝から深夜まで包丁を握り、日本料理の基礎から応用までを叩き込む日々は、体力も精神も限界まで試される連続でしたが、その過酷な修行時代を支えたのは、何よりも家族の存在でした。
長い下積み生活を経て、和食の確かな技術を身につけていく中で、いつか自分の理想とする店を持ちたいという情熱が膨らんでいきました。その夢を単なる憧れで終わらせず、現実のものとするために歩みを共にしたのが奥さんです。慣れない土地での生活や、独立に向けた準備期間など、先行きが見えない不安な時期もありましたが、奥さんは夫の才能と情熱を信じ、最も近い理解者として献身的に支え続けました。
特に、日本料理の技法を串カツというジャンルに昇華させるという、当時としては画期的な挑戦を形にするまでには、夫婦で数え切れないほどの試行錯誤を繰り返してきました。衣の軽さや素材の組み合わせなど、夫が納得いくまで追求する職人気質を理解し、生活のすべてを支えてきた家族の絆があったからこそ、現在の名店の基礎が築かれたのです。
独立して自分の城を構えた後も、その絆が揺らぐことはありませんでした。修業時代に培った礼儀や食材への感謝の念を、奥さんと共に店づくりに反映させ、お客様に真心を届けるスタイルを確立していきました。一人の若者が職人となり、さらには日本を代表する料理人へと成長を遂げるまでの背景には、常に隣で歩調を合わせ、共に夢を追いかけ続けた家族の温かい支えがありました。
40歳での開店時に決意した日本料理を活かす独自の技法
人生の大きな節目となる40歳という年齢で、長谷川勤氏は自身の店「あーぼん」をオープンさせました。それまで長年にわたり料亭の板場で磨き上げてきた日本料理の知識と経験を、あえて「串カツ」という身近な料理に落とし込むという決断は、当時の料理界においても非常に挑戦的な試みでした。高級な和食の世界で培った繊細な包丁さばきや出汁の文化、そして季節を愛でる感性を、一本の串に凝縮させる。この独自のスタイルこそが、新たな名店の幕開けとなりました。
独立当初は、これまでにない新しい串カツの形を模索する中で、試行錯誤の連続でした。しかし、どのような困難な局面でも、奥さんは夫の掲げる理想を一番近くで支え続けました。素材の良さを最大限に引き出すための衣の厚みや、揚げ油の配合、そして一皿の構成に至るまで、夫婦で何度も言葉を交わし、納得がいくまで味を追求する日々を送りました。店主が厨房で技術を研ぎ澄ます一方で、奥さんはそのこだわりをしっかりと形にするための環境を整え、共に歩む決意を固めていました。
こうして生まれたのが、まるで懐石料理を食べているかのような、物語性のある串カツのコースです。単に食材を揚げるのではなく、下ごしらえに日本料理の技を尽くし、一串ごとに驚きと感動を与える献立は、瞬く間に評判を呼びました。妥協を許さない職人の矜持と、それを信じて寄り添う妻の情熱が合わさることで、他店には真似のできない唯一無二の味が完成したのです。
現在、多くの人々を魅了してやまない独創的なメニューの数々は、すべてこの40歳当時の情熱と、夫婦で誓い合った決意から始まっています。伝統的な和の技法を大切にしながらも、常に新しい美味しさを追求し続ける姿勢は、開店から年月を経た今も変わることなく受け継がれています。あーぼんのカウンターで提供される一串には、人生を賭けて独自の道を切り拓いた夫婦の歴史が、深い味わいとなって刻まれています。
ミシュラン一つ星を6年連続で獲得した職人の私生活
世界的なグルメガイドであるミシュランガイドにおいて、一つ星を6年連続で獲得し続けるという快挙は、並大抵の努力で成し遂げられるものではありません。毎年行われる厳しい審査をクリアし、常に高いクオリティを維持し続ける日々は、職人にとって極限の緊張感との戦いでもあります。一度でも妥協すれば評価が揺らぎかねないというプレッシャーの中で、店主は日々、揚場という真剣勝負の場に立ち続けています。
このような華やかな評価の裏側にある私生活において、店主の張り詰めた心を解きほぐしているのが、奥さんの存在です。厨房では一糸乱れぬ動きを見せる鋭い職人としての顔も、家庭に戻れば一人の夫としての時間へと切り替わります。奥さんは、夫が外で見せるプロフェッショナルとしての緊張感を一番に理解し、家の中では一切の仕事の重圧を感じさせないような、心安らぐ穏やかな環境を整えています。
日々の何気ない会話や、夫の体調を気遣った栄養バランスの良い食事、そして静かに寄り添う時間。そうした当たり前の日常を奥さんが大切に守っているからこそ、店主は翌日にはまた新鮮な気持ちで食材と向き合い、鋭い感覚を研ぎ澄ませることができるのです。奥さんの支えは、単なる家事のサポートにとどまらず、夫の精神的なレジリエンス(復元力)を育む源泉となっています。
プロフェッショナルとしての輝かしい実績を支えているのは、決して揺らぐことのない夫婦の信頼関係です。互いに言葉を尽くさずとも通じ合う深い絆があるからこそ、外からの評価に一喜一憂することなく、自分たちが信じる「最高の串カツ」を追求し続けることができます。ミシュランの星という栄誉も、奥さんと二人三脚で歩んできた日々の積み重ねが生んだ、一つの通過点に過ぎないのかもしれません。
咳が止まらない異変から判明した重い病との闘病生活

ミシュランの星を獲得し、料理人として絶頂期にいた店主を突如として襲ったのは、あまりにも過酷な現実でした。当初は風邪の引き始めかと思われるような、ささいな咳から始まりました。しかし、どれほど休息をとっても一向に治まる気配のない咳に、ただならぬ異変を感じて医療機関を受診した結果、肺に重い病を患っていることが判明したのです。それは、これまで休むことなく揚場に立ち続けてきた職人の人生を、根底から揺るがす出来事でした。
医師から告げられた診断結果は深刻で、一時は再び厨房に立って串を揚げることすら危ぶまれるほどの状況に陥りました。精密な手術が必要となり、体力も気力も削り取られていく日々の中で、店主の心には「もう以前のように店を開くことはできないのではないか」という不安が重くのしかかりました。しかし、この絶望的な試練に際し、奥さんは決して動揺を顔に出すことはありませんでした。たとえ内心ではどれほど大きな悲しみや不安を抱えていたとしても、夫の前では常に凛とした態度を貫き、前を向き続けました。
入院生活から始まった闘病期間中、奥さんは毎日欠かさず夫の元へ通い、献身的に看病を続けました。思うように体が動かないもどかしさに苦しむ夫を励まし、体力を取り戻すためのリハビリテーションにも全面的に寄り添いました。病室での静かな時間の中でも、奥さんはあーぼんの将来や再開した時の話を絶やすことなく語りかけ、店主の心の中に灯っていた「料理人としての魂」を消さないよう、懸命に支え続けました。
この壮絶な闘病生活は、単に病を克服するための時間ではなく、夫婦の絆をより一層深めるための試練でもありました。健康を損なうことの恐ろしさを痛感しながらも、奥さんの深い愛情と献身的なサポートがあったからこそ、店主は再び立ち上がる勇気を持つことができたのです。人生を賭けた店を一度離れ、死生観すら変わるような経験を経て、二人は再び揚場という戦場へ戻るための、長い道のりを一歩ずつ歩み始めました。
厨房へ戻る日を信じて励まし続けた奥さんの言葉
病との闘いが長引くにつれ、店主の心にはこれまで経験したことのないような焦燥感が募っていきました。職人にとって命ともいえる体力が日ごとに落ちていく現実に直面し、かつてのように軽やかに揚場を動き回る自分の姿が、遠い幻のように感じられたこともありました。弱気になり、「もう無理かもしれない」と弱音をこぼしそうになる夫を繋ぎ止めていたのは、奥さんの揺るぎない確信に満ちた言葉でした。
奥さんは、夫が再びあーぼんのカウンターに立ち、最高の串を揚げる姿を一度も疑うことはありませんでした。「あなたは必ずまたあのお店で揚げることができる」「待ってくれているお客様があんなにたくさんいるのだから」と、穏やかながらも力強い言葉をかけ続けました。その言葉は、暗闇の中にいた店主にとって、再起へ向かうための唯一の道標となりました。妻が自分以上に自分の未来を信じてくれているという事実が、何よりの薬となり、生きる意欲を再び燃え上がらせたのです。
リハビリは想像以上に険しく、一歩進んでは立ち止まるようなもどかしい日々の連続でした。しかし、どのような絶望的な局面においても、奥さんは決して諦める色を見せませんでした。夫のわずかな変化を敏感に察し、小さな前進を共に喜ぶことで、一歩ずつ日常生活へと引き戻していきました。未来を信じ抜く妻の強さが、店主の心に「もう一度だけ、あの揚場の熱気の中に帰りたい」という猛烈なエネルギーを注入し続けたのです。
この奇跡的な回復劇は、医学的な治療だけではなく、心からの信頼が生んだ精神的な結びつきがもたらしたものでした。奥さんの言葉は、単なる励ましの域を超え、店主の魂に再び火を灯す祈りのようなものであったと言えるでしょう。絶望の底から這い上がり、再び厨房に立つ日を現実のものとできたのは、隣で微笑みながら「大丈夫」と言い続けた奥さんの、海よりも深い情愛があったからに他なりません。
趣味のヨットや日本刀蒐集を共に見守る穏やかな日常
職人として極限まで神経を研ぎ澄ます日々の傍らで、店主はヨットで大海原へ出ることや、日本刀の蒐集といった非常にこだわりの強い趣味を大切にしています。一見すると料理とは無関係に思えるこれらの時間は、実は店主が感性を養い、精神的なバランスを保つために欠かせない聖域です。奥さんは、こうした夫の多趣味な一面を決して否定することなく、むしろその独特の感性を尊重し、ある時は共に楽しみ、またある時は静かに見守ることで、夫婦の精神的な豊かさを共有してきました。
潮風を感じながらヨットを操り、自然の大きな力と向き合う時間は、厨房の熱気から離れて心を無にするための貴重なひとときです。また、日本刀という伝統美の極致に触れることは、同じ「鉄と火」を扱う職人として、自身の美意識を磨き直す作業でもあります。奥さんは、こうした夫の探究心が結果として料理への情熱に還元されることを理解しており、趣味に没頭する夫の姿を温かな眼差しで見守り続けています。
家庭内においても、料理の話題ばかりに終始するのではなく、海の話や刀剣の魅力について語り合うことで、二人の間には穏やかで豊かな時間が流れます。職人としての厳格な一面だけでなく、少年のような好奇心を持ち続ける夫を奥さんが丸ごと受け入れることで、店主の人間性には深みと円熟味が加わりました。こうした日常の積み重ねがあるからこそ、あーぼんのカウンターで提供される一串には、鋭い技の中にも客人を包み込むような優しさが宿っているのです。
仕事と趣味、そして家庭。そのどれもが欠けることなく調和しているのは、奥さんが店主の自由な魂を尊重し、心地よい距離感で支え続けているからに他なりません。名店を支える強靭な精神力は、こうした何気ない穏やかな日常のひとときによって、日々しなやかに再生されています。
串カツ料理人の長谷川勤の奥さんが守った聖域と再起へ向けた家族の絆
予約困難店を二人で切り盛りする接客への細やかな配慮

数ヶ月先まで予約が埋まり、日本中から期待に胸を膨らませたお客様が訪れる「あーぼん」において、接客の要を担っているのは奥さんです。名店という肩書きから、来店された直後のお客様は少なからず緊張していることもありますが、奥さんはそんな空気感を瞬時に察し、さりげない会話や柔らかな笑顔で、一気に場を和ませてしまいます。最高の一串を最高の状態で楽しんでもらうためには、心からリラックスできる環境が不可欠であるという信念が、その細やかな気配りには込められています。
カウンター越しの厨房で店主が揚げるタイミングと、お客様が料理を口に運ぶ速度、そしてグラスの空き具合や会話の盛り上がり。これらすべてを把握し、絶妙な間合いでサービスを提供するのは至難の業ですが、奥さんはこれを自然体でこなします。厨房の状況と客席の空気感を瞬時に読み取り、言葉を介さずとも次にすべきことを察し合う連携は、長年苦楽を共にしてきた夫婦ならではの「あうんの呼吸」です。この見事なコンビネーションがあるからこそ、店内には常に心地よいリズムが流れています。
どれほど忙しい時間帯であっても、奥さんの所作に慌ただしさは感じられません。一人ひとりのお客様を大切に迎え入れる温かいもてなしは、店主の職人気質を柔らかく包み込み、店全体を一つの大きな家族のような安心感で満たしています。高級店としての品格を保ちつつ、どこか懐かしく温かい気持ちになれる「あーぼん」独特の居心地の良さは、まさに奥さんの献身的な配慮によって守り続けられているのです。
名店としての名声が広まれば広まるほど、接客に求められる質も高くなりますが、奥さんは常に変わらぬ真心を持ってお客様に向き合っています。店主が揚場という聖域で技を振るい、奥さんが客席という安らぎの場を整える。この二人三脚の形こそが、多くの人々を惹きつけてやまない、この店の真の魅力となっています。
島根県生まれ尼崎育ちの店主が貫く真っ直ぐな職人道
長谷川勤氏の根底に流れるのは、島根県で生まれ、兵庫県尼崎市の活気ある街並みの中で育まれた、力強くも純粋な精神です。幼少期から青年期にかけて形成されたその性格は、一本気で嘘を嫌い、一度決めた道はどこまでも突き詰めるという、まさに職人の鑑のような潔さに満ちています。仕事に対して一切の妥協を許さず、自分自身に誰よりも厳しい視線を向けるその姿勢は、周囲から見れば時として「真っ直ぐすぎる」と感じられるほど、純度の高いものでした。
その情熱ゆえに、若い頃には周囲と衝突したり、理想と現実の狭間で葛藤したりすることも少なくありませんでした。そんな店主の尖った角を、持ち前の優しさと包容力で柔らかく受け止め、周囲との調和を図ってきたのが奥さんです。夫の不器用なまでの実直さを誰よりも理解し、その純粋な職人魂が正しく世に伝わるよう、潤滑油となって店と社会を繋ぎ続けてきました。妻の柔和な支えがあったからこそ、店主の強い個性は、独善的なものではなく「信頼される風格」へと昇華されたのです。
故郷への深い愛着を胸に抱きながら、現在、芦屋という地で自分たちの城を構える二人の姿には、静かながらも揺るぎない信念が宿っています。どこで店を開こうとも、自分たちのルーツを忘れず、泥臭くも真摯に食材と向き合う。そのひたむきな職人道は、華やかな街・芦屋においても、本物を知る人々の心に深く響いています。
夫婦二人で守り続けてきたこの「あーぼん」という場所は、単なる飲食店ではなく、店主が貫いてきた職人としての生き様そのものです。生まれ育った環境が育んだ強さと、それを静かに支え続けた奥さんの愛情が混ざり合い、今日もカウンターには一本の串に込められた嘘偽りのない誠実さが溢れています。
一時休業の危機を救った妻の存在と店への深い愛情
病気療養のために長期の休業を余儀なくされた際、あーぼんはかつてない大きな岐路に立たされました。店主が不在の間、灯が消えたままのカウンターを前に、ファンの間では再開を待ち望む声と共に、このまま閉まってしまうのではないかという不安も広がっていました。しかし、そのような周囲の動揺をよそに、奥さんだけは一瞬たりとも店を畳むという選択肢を考えてはいませんでした。
店主が病床で自分自身の体調と必死に向き合っている間、奥さんは一人で「あーぼん」という場所を守り続けました。誰もいない厨房を掃除し、カウンターを磨き上げ、いつ夫が帰ってきてもすぐに揚げ場に立てるよう、万全の状態を維持し続けたのです。この場所は単なる仕事場ではなく、夫婦が二人三脚で築き上げてきた人生そのものであり、夫が生きるための希望の光であると確信していたからこそ、彼女は「店主の帰る場所」としての聖域を死守しました。
奥さんのこの強い意志と、店に対する深い愛情がなければ、あーぼんの再開はこれほどまで見事な形では実現しなかったでしょう。物理的なメンテナンスだけでなく、再開を心待ちにしているお客様一人ひとりへの誠実な対応も含め、彼女が繋ぎ止めた絆が、復帰後の店の輝きをより一層増すこととなりました。
夫が再び厨房に立ち、最初の一串を揚げたあの日、店内に灯った明かりは、単なる営業再開の印ではありませんでした。それは、困難を前にしても決して諦めず、愛する人が戻る場所を信じて守り抜いた妻の勝利の証でもありました。この献身的な守護があったからこそ、あーぼんは再び活気を取り戻し、以前にも増して温かな愛情に包まれた名店として、今も多くの人々を迎え入れています。
こだわり抜いた衣と油の質を維持するための影の努力

あーぼんで提供される串カツの最大の特徴は、口にした瞬間に驚くほど軽く、何本食べ進めても決して胃にもたれることがない、その繊細な仕上がりにあります。この極上の食感を実現するためには、厳選された素材選びはもちろんのこと、調理の土台となる衣の配合や、油の鮮度管理において一切の妥協が許されません。店主が揚場で理想の揚げ上がりを追求する一方で、その高い品質を裏側で支え、維持し続けているのが奥さんの徹底した管理です。
最高の状態を保つためには、営業前後の目に見えない部分での積み重ねが欠かせません。油の質を常に一定に保つための細やかなチェックや、厨房内の徹底した清掃、そして食材が最も輝く状態で揚場に届けられるための下準備など、一見地味に思える作業の一つひとつが、あーぼんの味を支える根幹となっています。奥さんは、店主が「揚げる」というもっとも重要な瞬間に全神経を集中できるよう、こうした舞台裏のあらゆる仕事を自ら進んで引き受けてきました。
店主が思い描く「理想の一串」を具現化するため、影の力として献身的に動く奥さんの姿は、まさにプロフェッショナルそのものです。彼女が整える清潔な環境と、完璧に管理された素材や道具があるからこそ、店主は迷いなく最高の一振りを披露することができます。お客様が口にする軽やかな衣の裏には、こうした夫婦による執拗なまでの品質管理と、細部への深いこだわりが息づいています。
一串に込められた感動は、揚場に立つ職人の技だけで生まれるものではありません。最高の一時を提供するための土台を完璧に守り抜く、奥さんの献身的な努力があってこそ、あーぼんの串カツは時代を超えて愛され続ける唯一無二の存在であり続けているのです。
一串一串に人生を捧げる夫を一番近くで支える喜び
カウンターの向こう側で、目の前のお客様のためだけに全神経を研ぎ澄ませ、一串を仕上げていく店主。その気迫に満ちた背中を、奥さんはいつも深い誇りを持って見守っています。職人として一分一秒の妥協も許さず、完璧な揚げ上がりを追求し続ける夫の姿勢は、時に傍から見ていても過酷に感じられるほどストイックなものです。しかし、奥さんにとってその厳しさは、夫が料理に対して抱く純粋な誠実さの表れであり、それを誰よりも近くで支え、共に一皿を完成させていくプロセスこそが、何にも代えがたい喜びとなっています。
店主が厨房という聖域で技を振るい、奥さんが客席という安らぎの場を整える。この役割は分かれていても、目指すべきゴールは常に一つです。自分たちが信じる「究極の串カツ」を通じて、訪れる人々に至福の瞬間を届けること。この高い目標を共に成し遂げる充実感こそが、二人の絆をより一層強固なものにしています。日々の忙しさや、時にはぶつかり合うほどのこだわりも、すべては一つの完成された世界を作り上げるための大切なステップとして分かち合ってきました。
夫婦で同じ夢を見ながら、一歩ずつ理想の店へと近づいていく過程そのものが、二人にとっての人生の目的であり、幸福の形でもあります。夫が心置きなくその情熱を串に注ぎ込めるよう、奥さんは常にその土台を支え、共に歩む時間を慈しんできました。
あーぼんという空間に流れる独特の充足感は、このように人生のすべてを賭けて仕事に邁進する夫と、その傍らにいることを心から楽しんでいる妻の幸せな調和から生まれています。一串ごとに込められた深い味わいは、まさに夫婦が二人三脚で積み重ねてきた、ひたむきな愛情の結晶と言えるでしょう。
再度の診察を経て再び揚場に立つ夫を支える健康管理
大病を乗り越え、奇跡的な復活を遂げた後も、店主にとって体調管理は一時も疎かにできない最優先の課題であり続けています。再び揚場に立ち、かつてのように熱い油の前で一串一串に魂を込める日々を取り戻したからこそ、その日常を一日でも長く続けるための細心の注意が必要です。定期的な診察や検査を欠かさず受け、自身の体と対話しながら仕事に向き合う店主の傍らには、常にその健康を影で支える奥さんの献身的な姿があります。
奥さんは、日々の食事の栄養バランスを厳しく管理し、過酷な厨房仕事で消耗した体力を効率よく回復させるための献立作りに余念がありません。また、職人気質ゆえに無理をしてしまいがちな店主の性格を熟知しているからこそ、適切な休息時間を確保するよう促し、心身ともに健やかな状態で店に立てるよう、生活のリズムを徹底して整えています。奥さんのこうした徹底した健康管理があるからこそ、あーぼんのカウンターには今日も変わらぬ活気があふれています。
一度は病によって失いかけた「店に立つ」という当たり前の日常。その尊さを誰よりも身に染みて感じている二人にとって、現在の健康は何にも代えがたい宝物です。無理をして短期間だけ輝くのではなく、細く長く、お客様に最高の串を届け続けるために、二人は今、健康を第一に考えた二人三脚の歩みをより一層確実なものにしています。
病を克服したことで得た新たな視点は、料理に対する姿勢だけでなく、夫婦の生活のあり方にも深い変化をもたらしました。互いを労わり、一歩ずつ着実に歩むその姿勢は、店を訪れる人々にも静かな感動を与えています。健康という揺るぎない土台の上に成り立つ「あーぼん」の味は、再起を誓った夫婦の不屈の精神と、それを支え続ける深い愛情によって、今日も大切に守り抜かれています。
次世代へつなぐ究極の揚げ上がりを追求する夫婦の夢
長年にわたり予約の取れない名店として君臨し、数々の栄誉を手にしてきた現在も、店主の心に慢心の文字はありません。厨房に立つたびに「もっと軽く揚げられるのではないか」「この素材の魅力を引き出す最適の火入れは他にないか」と、自問自答を繰り返す日々が続いています。職人として追い求める「究極の揚げ上がり」への探究心は、キャリアを重ねるごとにむしろ鋭さを増しており、その終わりのない旅を奥さんは変わらぬ深い理解を持って支え続けています。
二人が共に歩んできたこれまでの道のりは、単に美味しい料理を提供するだけでなく、串カツという文化を一つの芸術域へと高めるための挑戦でもありました。この長い歳月をかけて夫婦で育んできた独自の技術、そして「お客様に真心を届ける」という揺るぎない志を、どのような形で次世代へと繋いでいくべきか。最近では、自分たちの代だけで終わらせるのではなく、その精神を後進の育成や技術の伝承へと役立てたいという思いが、二人の新たな夢として芽生えています。
「あーぼん」という場所が、これからも多くの人々に愛され、感動を与え続ける存在であるために。店主が技を磨き、奥さんがその心を整えるというこの至高の連携こそが、後に続く料理人たちにとっても一つの理想の形として示されています。妥協のない職人気質と、それを包み込むような深い愛情が織りなす物語は、次なる世代の指標となっていくことでしょう。
芦屋の静かな夜、心地よい揚げ音と温かい会話に包まれた店内では、今日もまた一串ごとに夫婦の夢が紡がれています。これまで積み上げてきた栄光に安住することなく、明日の「最高の一串」を目指して歩み続ける二人の姿は、訪れる人々に食の喜び以上の勇気と感動を与えています。究極を求める二人の旅路は、これからもこの地で、より深く、より豊かに続いていくに違いありません。
串カツ料理人の長谷川勤と奥さんが歩んできた情熱と再起の要点
- 芦屋の名店あーぼんを長谷川勤と奥さんが二人三脚で守り抜く
- 中学卒業後から始まった厳しい修業時代を家族の絆が支えた
- 40歳での独立時に日本料理の技法を活かした独自の形を確立
- ミシュラン一つ星を6年連続で獲得する快挙を夫婦で成し遂げた
- 突如として判明した肺の重い病を奥さんの献身的な看病で克服
- 絶望しそうな闘病中も厨房へ戻る日を信じた妻の言葉が力となった
- 趣味のヨットや日本刀蒐集を共に見守る穏やかな日常が感性を養う
- 予約困難店の接客を奥さんが担い客席に温かな居心地の良さを生む
- 尼崎育ちの店主が貫く真っ直ぐな職人道を妻が柔らかく受け止めた
- 一時休業の間も奥さんは店を整え続け夫が戻るべき聖域を守った
- 驚くほど軽い食感を実現するための影の努力を夫婦で継続している
- 一串に人生を捧げる夫の姿を一番近くで支えることに喜びを見出す
- 再起後の徹底した健康管理により再び揚場に立つ日々が維持された
- 究極の揚げ上がりを追求する二人の旅は今も芦屋の地で続いている
- 培ってきた熟練の技術と志を次世代へ繋ぐことが夫婦の新たな願い





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